05


side 猛


腕の中で俺から離れようと足掻く拓磨。

コイツは何を恐れてる?

ザーザーと降り注ぐシャワーの下で震える己の身体を抱き締め。

誰も信じない、繰り返された言葉はまるで自分を戒める鎖。

「…はな…せ…っ…!」

これじゃ埒があかねぇ。

「いい加減にしろ、拓磨!」

嫌々と首を振る拓磨に怒鳴りつけた。

効果はあったのかヒクッ、と動きを止めのろのろと拓磨が顔を上げる。

しかし、その瞳に俺は写っていなかった。

「逃げることは俺が許さねぇ」

「な、んで…?」

「あ゛?」

色の無い瞳が不思議そうに瞬き、首を傾げる。

「何で、助けになんて来た。切り捨ててくれて良かったんだ。別に来なくてよかったんだ」

そう言って拓磨は見たこともない程綺麗な笑顔を浮かべた。

「―っ、お前…」

その人形染みた笑みにゾッとする。

「だって、」

拓磨の纏う雰囲気が一瞬にしてガラリと変わった。

「俺を助ける価値なんてアンタにはねぇだろ?俺は金で買われた人形だ。代わりは幾らでもいる」

「何だとてめぇ」

そんなこと考えてたのかお前は。強さの裏に隠された脆さ。俺の側にいる以上、その認識改めさせてやる。

「二度も言わせるな。俺に人形を愛でる趣味なんざねぇ。俺は草壁 拓磨っていう人間を買ったんだ。人間をな。代わりなんざいるかよ」

従順な人形なんかじゃなく、出会った時に見せた鋭い牙を見せてみろ。

冷たく硬質な雰囲気を纏って、俺を見据え対等に対峙したお前を。








代わりはいない、だって?

そんな言葉、俺は信じない。

「口でなら何とでも言える」

混乱していた頭の中が急激にスッと冷えていく。思考がクリアになる。

触れれば切れてしまいそうな程鋭く、猛の熱を凍らせるような眼差しで俺は俺を絡めとろうとしている猛を見返した。

「草壁 良治、アイツが良い例だ。何で俺がここにいる?それは俺がアイツの代わりだからだ」

矛盾してるだろ。借金の片代わりに俺を買ったアンタがそれを言うのか?

そう言い返せば、見下ろす猛の瞳が細められる。

ほら、答えられねぇだろ?

そう思った瞬間、強さを増した漆黒の瞳が俺を捉え猛は、はっと鼻で笑った。

ニィと唇が笑みを形作り、言う。

「その質問は無意味だな。お前だから俺は買った。それだけの事だ。よく覚えておけ」

「…それが何だ?」

意味がわからない。
答えになってない。

「いいな。忘れるんじゃねぇぞ」

「………」

頷かない俺に痺れを切らした猛が返事はどうした、と催促する。

「拓磨」

「―!?」

瞳を覗き込まれ、ゾクリと肌が粟立つ。

返事を無視し続けた俺は、結局猛に一睨みで射竦められ首を縦に振った。

「そうだ。無駄な抵抗はするなよ拓磨」

ヒッソリと耳元に寄せられた唇が囁き、耳朶をカリッと甘く噛まれた。

「…くっ」

なんともいえぬその感覚に身体が強張る。
しかし、それ以上猛が行動を起こすことはなく、抱き締められていた身体もいつの間にか猛と同じ温度に変わり、恐怖は取り払われていた。



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